godzmekano vol.1 / ゴズメカノ第一回

開催から半年ほど経ちましたが、この度やっとアーカイブ用ウェブページも準備できましたので、このタイミングにて今年1月に無事行われましたゴズメカノの当日の感想や、描きながら見ていたもの、感じていたことなどをまとめてみました。


◯このライブは全てインプロビゼーション、一切準備しない、その場の本人たち同士の響きあったもの、反響しあったものが紙にその場で落とし込まれていく、という不思議な磁場。お互いの表現物への信頼がなければできないことですし、何か「通ずるもの」があるという感覚と、何も決まっていないインプロビゼーションという生モノを乗り切れる内的強靭さを持ってる人だという確信も必要だったりします。さらにはやりたくてもその時の私生活の状態やらで不可能なことも多々あるわけですから、これがすんなり成立したこと自体もなかなかの奇跡です。
その他準備に必要ないろいろなものが本当にスイスイと決まっていき、こんなにサクッと決まることもあるのか…と思うほどの順調な第一回を無事に行うことができました。
ひとまず1回目はこじんまりした場所でやろうか、ということで借りた場所があまりにも小さかったのは若干想定外だったのですが、結果的には来場者の皆さんに見守られながら、最もよい形で第一歩を踏み出せたような…そんな気が、私はしました。


◯当日見た方や映像を見ていただいた方は分かるかと思うのですが、基本的には私は「紙の中に誰かが埋まっている」のを「掘り出す」作業、みたいな感じで描いています。印画紙に手動でプリントアウトするような感じ。普段も基本これです。何を描くかは私の知らないところで既に出来上がっている、というような感覚が常にあります。また、そういう絵でないと自分が満足できないということに20歳の時に気がついてから、そうしています。
例えば石の塊を見るとそこにいる存在がもう見えてて、それを掘り出すだけだと言ったミケランジェロを引き合いに出すのはおこがましいかもしれませんが、アーティストにはある一定の割合でそういうタイプがいるんじゃないかと思います。で、私はそのタイプなのです。紙の繊維の中に紛れ込んでるような感じがするので、そこにピントを合わせると、絵が出てくる、というような。で、見つけた時点では、それが誰なのか、何なのかなどは私には分かりません。ただその存在が、ビジュアルで「この画面のここに、このぐらいの濃度のこの色で、こういう形のタッチを置いてください」と頭の中に指示を出してくるのです。で、それに従ってそれを置くと、その次はこう、次はこれ、というのが勝手に導かれていくというのを途切れることなく次々にやっていき、「指示」が途切れてあっ終わったな、と思ったら最後に全体を眺めて、ちょっとだけちょんちょん、と整えたら、それでその絵は完成です。それ以上でもそれ以下でも、私の絵ではなくなります。

私は常にこの描き方なので何を描いてもライブみたいなものなのですが、今回はいわたさんの音があるという非常に特別な状況なので、この音が刺激して紙の中からアピールしてきたものは全て出し切ろうと思いました。事前に何も計画はできませんから、とにかく、集中力との闘いです。計画するとつまらない絵しか描けないタイプなのもありますし、計画してるんなら勝手に絵描いて個展やれよ…て話だと思うので、ライブでは絶対に裸一貫で舞台に上がるというのだけは決めています。

また、今回キャンバスの大きさを決めるのが自分の中で少し難航しました。以前ドラマーとやっていたライブでは、大きな一枚のキャンバス(というか襖)を用意して「1ライブで1枚」仕上げる形でしたが、今回は墨やインクを使いたい都合上、大きな紙を用意して立てかけて描くことは現実的ではありませんでした。
そのため、水張りしたパネルの大きさや紙違い、複数の種類の四辺天糊の水彩紙ブロックを用意して、描き終わったものをドライヤーで裏で乾かしてまた戻してもらうことで、紙を常に選び放題にしながら描き続けるシステムを思いつき、これのおかげでライブが実現しました。
枚数も当日、どのぐらい描いたら満足するもんなのか、1ライブの間に自分がどのぐらいの大きさのものどういう密度で描きたいと感じるかなど全く予測できない状態でしたので、とにかく後悔だけはしないようにと、チェコからもかなりの数の水彩紙ブロックや画材を持ち帰り、実家ではせっせと大きめのパネルに水張りをして準備しました。
果たして当日は、水張りパネル(A2サイズ)が二つ、木炭紙大が一つ、四辺が20〜40cmほどの水彩紙ブロック複数を好き放題に使える状態にできたので、非常に良かったと思います。

課題としては、手元を写すカメラが固定だったために動き回ると手元が見えないことが多かったので、可能であれば次回からは手元を写してくれる方に手伝っていただけたら…と。遠くからでも見える大きなキャンバスではなくなった以上、これはクリアすべき点だと思います。



◯で、心構えとしましては…。まぁこの初々しかった感覚も初回限りかもしれないので書いときたいんですけど、もともと私は本当にいわたさんの一ファンにすぎないと思ってまして、でもいわたさんも気づけば毎回私の東京での個展に来てくれてたりとかしてたので芸術家としてはちゃんと対等な関係を保ってきたのだなと今になったら分かってはいるんですけど、やっぱり一緒にやる第一回目の前ですから、緊張しましたよ。家出る時とかそこそこガチガチでしたよ。だって、想像してみてください。あなたがベリーヤングな時代から憧れていた大好きなバンドのもういわばロックスタァーとあなたが一緒に仕事をすることになったとしたら、ですよ。いやそりゃまず第一に楽しみだしワクワクですけど、緊張だってそりゃしますよね?
しますよね??????
しますよね!?!?!?!?!?!?!?!?!
しました。(報告)
というわけで私としてはわりと珍しく、家を出て会場について、開場30分前にいわたさんがリハの音出しを始めるまで、緊張は相当、してました。(報告)
(報告終わり)


なんですけど、いわたさんがリハでたったの一音出した瞬間に、そんなものも全て吹き飛びまして。
なんか、音聞いた瞬間に、気づいたんですよね。
あ、なんだ、この大好きな音の世界が今日の全てなんだから、ここで私は自由に泳げばいいんだ、と。
そこからは、私は終始笑顔でした。
澄んだあたたかい水の中で、ずっと泳いでいるような。晴れた日の浅瀬の海の中から、水色の空を眺めているような。そんな感覚でした。
瑞々しく、呼吸ができて、やるべきことが全てできる環境がそこにありました。



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◯ここからは当日の流れのレポです!
フルバージョンの動画を見ながら読んでも面白いかもしれません。
絵を描きながら私の中に見えてたものとか、追ってた「何か」とかのことをまとめてみました。



始まりの瞬間は、またしてもたったの一音でした。
30分ぐらいつらつらといわたさんが調整しながら弾いてる間に私も準備を済ませ、開演時間がやってきまして、お客さんもつらつらと入ってきて、という自由空間の中、
それはごく自然に、やってきました。
ふわーっと撫でている感じだった音からある瞬間ふと、ぴん、と張り詰めた音が一音、出たのです。

その瞬間、あ、来た。と思いまして。即座に私の中の何かが反応し、ほとんどその直後に描き始めました。
気づいたら突然私が描き始めたので、スタッフ氏もびっくりしたと思います。なのでフル録画の始まりが突然始まってるのは、多分そのせいかと…。


というわけで、あっ来た、と思った瞬間にパネルを一つ出しましたらわりとすぐにビンゴでして、紙の中にいた「誰か」をすぐさま掘り出しにかかりました。


たっぷりの水を敷き、そこに黒のインクを泳がせるように右上あたりからの雲をフワフワヒラ、と降りてくるように描かされて、右下にいる男の子が姿を現しました。
君は、誰なんだ…と問いかけながら描いてると、建物の四角いシルエットや、木々が現れました。彼は街にいるようなのです。
街にいて、孤独で、孤立はしていないけれど、闘うためにそこに立っている、都会の男の子。
霞の中にぼんやりと、でも何かを持ってこちらを見ていた、一年前に描いたプラハの女の子と、似ているようで、対照的なようで。
左下からもう一人?一匹?誰かが出ようとしていましたが、あまり良い存在のようじゃなかったので、お前の出番はないよ、と少し、塗りつぶしました。
1枚目はそのようにして、空気を味わうように描きあがりました。


録画を自分で見てて面白かったのが、描き上がるとぱっと全体を一目見て、うん終わった。と思った瞬間に脇にどけて、すぐさま次の紙を見始めて、あ、また誰かいた。と思った瞬間に描き始めるんですね。ハンターですね。虫を捕まえるみたいな速度で描き始めるので面白かったです。
音がそこにあって、どんどん連れて行かれるのです。




2枚目は、この日下ろした新しい水彩紙ブロックのビニールをウキウキしながら剥がしたら(その場で…笑)、1枚目にグレーの水彩紙が保護のために張ってあって。剥がそうかなと思ったのですが、普通にそれも同じ質の水彩紙で、きれいだな…と思っていたら紙の中に「誰か」を確認したため、描き始めました。
描き始めた時は彼の年齢も正体も知りません。ただ、例えばこの絵は額とか鼻のラインから現れて、描いていくうちに、あ、おじいさんだ。と思うわけです。
さっきが水をたっぷり使ったものだったので、次はドライ筆でざくざく描いてましたね。なんとなく。
絵のタイトルは、イベントが終わった翌日あたりに、一枚ずつ見ながら心に自然に浮かんだキーワードや音から決めていったのですが、彼は老いたオイディプスだそうです。
(全く余談ですがこの時期は老人をよく描いていたような…)
星も散ってますし、なんだか魅力的な方でした。




それを描き終わって3枚目、これもわりと早かった気がします。あ、ここに埋まってる、紙のここに、このラインが、こう。でもう始めてました。
描いてるうち、音に包まれて、反応しあって、どんどん研ぎ澄まされていきます。どこかの世界へ、自分の意識も集中していきます。自分がどこにいるのかは分かりませんが、自分が何をしているのかは知っています。「対話」です。あちらの世界との。
この人は、多層的多次元的で、奥深い存在だった気がします。人間ではなく、何かの叡智、であった気がします。その人が、その方向へ進め。と言っていたので、描きながら「そっちってどっちの方向?どっちなの?どっち?」て聞いてました。(描く対象に、どう描いてほしいのかはっきり指示しろ、と言うことがあります。この日は描いてるスピードがものすごかったのもあって、頻発しました) で、こっちだよ。って手が出て来たので、そっちかぁ〜なるほどぉ〜てなって、この絵はちゃんと完成しました。何がなるほどなんだか私も分からないんですけど、なるほどぉ…って気持ちが納得したのでそうだったみたいです。よかったねぇ。


そして4枚め。
録画見てたら、音が自然と強いものに変わったのにほぼ同時に反応してこの絵が出て来てるのが、自分でも面白かったです。こんなに瞬時に反応してるんだ、と。
紙の中から出て来た人は、必死で声を抑えていました。怒りとそのことへの恐怖が、彼にそうさせているのです。彼はずっと、言うべきことを抑えてきました。言うとしたら、怒鳴ってしまうから。きっと壊してしまうから。自分は、誰かを許すことができないと思うから。
でも、怒りは限界です。もう彼には、これ以上堪えることはできません。
今、ガッチリ口元を押さえつけてきた大きな手を外すのは、彼の意思によって、行われるのです。
このようなタイプの絵を私は描くことがあります。その時は動画でも少し見れますがこのように、真っ黒なままの現役の黒のインクを使います。血液のように。
私の中には怒りがあり、それは力でもあり、精神の血液であり、沸騰を続けています。この怒りには理由はありますが、あまり個人的なものではありません。理由のない激しい怒り、全体的な「何か」に対する反抗心のようなものに近いのでしょうか…。彼の目が生きていることが、そのへんを代弁してるのかもしれません。



さて、結構充実した感じで4枚描いて、いや〜描いたねぇ〜、なんて言ってたところで、ここで手元でインクの瓶を倒して、机の上にインクこぼしたんですよねぇ。(爽)
ここまでけっこう、ギューッと凝縮して集中して描いてきたので、ちょっと遊びたい気分でもありました。こぼれたインクももったいない。使えばいいじゃない。そうそう、でっかい紙を用意してさ、そこに、どんどん使っていけばいいや。と、描いていったのがこの、5枚目です。
フェルトの下敷きはインクを下に通さないので慌てることもなく、のんびりとこぼれたインクを指で拾ったり筆で吸わせたりしながら、紙の上に舞わせていきました。
自由でリラックスした状態だったので、写真が良い感じのものが多かった気もします。音もとても気持ちよく、のびのびしていました。この絵は息抜きぐらいに思っていたのですが、さらさらと葉っぱが舞い散る秋のような、わりと好きな空気感のある絵です。


ここで問題の、6枚目です。
動画を見ていただくとお分かりかと思いますが、なかなか、描き始めないんですね。まぁ〜〜〜進まない。ここまでは、描き終わって次の紙を見るや否やぐらいの速度で描いていたので、お客さんたちも安心して見ていられたのではないかと思うんですが、この6枚目がね、なかなか出てこなくて。(録画を見ていた私は、当時の自分よりも胃が痛くなりました…。)
この時何が起きていたかというと、もう、例の「対話」です。
というのは、降りてこようとしていた「人」がいたのですが、後で思うとそれは私の知っている人ではなかったんです。いわたさんのとある深い関わりのある方で、私は一度もお会いしたことがなく、よく知らなかったので、図像化しづらかったみたいなんですよね。でも、どうしても形になりたいと。描いてほしいと。言うので、「いや、描いてほしいならもうちょっとくっきり出てほしいんだけど」と私は言うし、その人も精一杯「形」になろうとするのですが、いかんせんまだ時間が十分経っていなくて、うまくできないようで。私もなんとか出してあげたい気持ちはあるけど、もうあと少しだけなんとかしてくれないと、ここには出てこれないよ。どうするの。どうしてほしいの。と、紙の上をずっと見つめ続けたり、紙を縦位置と横位置を変えてみたりという時間が、一体どれぐらいあったのか…。(ライブやると大抵苦しい時間が一度はあるんですが、この日はここが最難関でした)長い長い見つめ合いの後に、やっと、とっかかりが見つかりました。大きな紙に、ごく大きなタッチで、ほとんど一筆書きのような仕上がりになりましたが、これが「その人」の精一杯の具現化だったのです。
コラボレーションにおいては、私が見たものも、いわたさんが経験したり感じたりしたものも、両方が合わさったものも出て来やすいですが、私側に全くいない人が出てくるということもあるのだな…と今回初めて知ることができました。といっても恐らくこの絵はイレギュラーだと思いますが…!かなり珍しい経験でした。




この苦しかった6枚目が終わって、7枚目はなんかもう、ラクガキでもすっか…みたいな気持ちでした。ここでライブが終われば見てる側の体力気力的にはラクだったろうなぁと思うのですが…最後の一滴まで絞り出さないと気が済まない性格でして…。。もう少々お付合い頂きました。
これは実は、音を聞きながら「ORANGE」という単語をタテに描いて、そこから描き始めていました。なぜかふっと、そういえばいわたさん、ORANGEってメーカーのアンプが好きって言ってたな。て思ったんですよ。私もそれ好きなんですけど。で、なんか、ORANGE…と描きながら、そのまま描いたらつまらないからねじねじしながら形を変えて、変えてったらなんかアバラ骨とか描きたくなったので、そのまま赴くままに人骨を描いてたら、一枚終わりました。これは「オレンジガール(ロボット)」って名前なんですが、ロボットなんです。かわいい。(女の子だと私は思っている)



それから別の紙に、くだんの6枚目の絵の続きみたいなものを「アチラ」からまたリクエストされたんですけど、えー本当?まだいくの?描いてほしいならはっきり出してよ?わかってんの?え?とか言いながら、水まで敷いたんですけど、描くに至らず。という絵が一枚出まして。これも…見てる側…特に…絵を描いてる人とかはこれ…ヒヤヒヤしたでしょう…ねぇ…。録画を見てるだけの私ですら胃が痛く(2度目)。
…と思ったんですけど母に聞いたら「いや、全然思わなかった」て言ってたので、これは見る人によるのかなぁ…。音と絵が連動してるのがすごくよく見えたから面白かった、と言ってました。もの作ってる友人はヒヤヒヤしたと言ってました。うーん人それぞれ。





でそれが結局描くに至らなかったんで、もう〜〜これで最後!これで全部のパネルとブロック見て、誰もいなかったら終わり!って思って、最後に総ざらいで全部の水彩紙ブロック見ていったら、あれ、い、居た……。………えっ、居た……。(二度見)いや二度見しましたよね…。いたわ…。もうしんどいから描くの終わりたいんだけども…。まぁ、いるんだから仕方がない。。この人を描いたら終わろう、と決めて、もう私もへろへろでしたし、いわたさんもへろへろだったとは思うんですけど(笑)、描き始めました。この子が終わったら本当にこれでもう終わり、この子が看取ってくれる。みたいな気持ち。ナイチンゲールみたいなとこあったかもな…イメージ。ドライ筆気味にどんどん描いていって、あ、この人で本当に今日を終わることができる、と確信しました。何か、安定感がありました。安心感というか…。この存在に見守られてたのかもしれないな…という感じ。録画を見てたら、いわたさんの音も突然急激に伸びやかになった瞬間があって、なんか、これか?な?て思いました。どうだったのでしょうね。

というわけで、無事に本日の分を終えることができました。
無事最後の一滴まで絞り切りました。
観てくださった皆様も、お疲れさまでございました…!

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◯というわけで、改めてこの日のことを、半年以上経った今でも昨日のことのように思い出すのですが…。
つい先日ふと、私の中で「まだ終わっていない」感覚であることに気づきました。確かに第一日目、第一回は終わったんですけど、まだやることが残っている…という感じで、私の中の深い部分に、ごく当たり前の顔をしてその感覚が宿っているのです。これがある以上は、機会を設けてしばらくやっていきたいなと思います。
さらに思い出したことには、本番が終わった後、いわたさんと二人で話していたら「次やる時はああしたいこうしたいとか思ってることが既に幾つかある」と言ってたんですよ、いわたさんも。なのでなんか多分、同じ気持ちなのかなと思うところがあるのです。
この日にやれることは全部やったのですが、ゴズメカノとして何かまだ、やることがまだまだある、というような…。それがコラボなのですかね。なんだか、不思議な感覚です。
もうやれること全部終わったなと思う日がいつか来るのか来ないのかは分かりませんが、それはそれとして、尊敬するアーティストと共同で何かを生み出すことのできるこの素晴らしい機会をこれからも、楽しみにしてくださる皆さんと分かち合っていけたら、本当に嬉しいです。


◯そして、当日手伝ってくれた私の大切な3人の友人は、本当に本当に素晴らしい働きをしてくれました。彼らが素晴らしい人物であることはもちろん承知の上でしたが、この日、さらに全員に惚れ直しました…。改めて、心から御礼を。ほんとにありがとう…!!!こころよく引き受けてくれて、全力でいろいろなことを手伝ってくれて、持ち前の優しさを今日もたくさんたくさん発揮してくれて、本当にありがとう。。。!みんな、最高でした。可能であればまたよろしくお願いします…!!


◯さて次回は、今のところ来年1月頃に東京で再度企画しようとしているところなのですが、さすがにハコを少し大きくしようと思っています。今回あまりにハコが小さかったので、ほとんど人を呼べなかったんですよね…。今回としてはこの環境は最高だったと思うのですが、次回、少し大きい場所を検討することにします。
もし機会が合いましたら、ぜひご覧いただければと思います。
それから、プラハ公演もやりたい…ので…!場や機会などが与えられるよう祈りつつ、活動を続けていきたいと思います。


ありがとうございました!!


當麻 ユキコ 2018年7月9日

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